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眞葛長造 模仁清入舟向付 五客 共箱 所載品 [商品]

今回、ご紹介致しますのは大美アートフェア図録にも掲載しました、長造の逸品です。

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眞葛長造 模仁清入舟向付  五客 共箱 

「京都に於ける 幕末の茶陶名工展」(平成元年 京都美術倶楽部)出展作 同図録 所載品

江戸時代後期


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なかなかの魅力ある向付です。

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造形的でもありますが、技巧だけに拠らず・・・

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どこか、素朴さを感じさせながらシャープなフォルムも包括しております。

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在印


眞葛長造

1797(寛政9年)~1860(万延元年)

若くして青木木米の弟子として作陶生活に入る。後、眞葛ヶ原に開窯。

卓越した製作技術を持ち、独特の成形センスと、藁灰釉を筆頭にした上品で味わいのある釉薬を自
在に操り、仁清の意を本歌以上に雅味のある作品を生み出した。

明治期、世界に名を轟かせた宮川香山(眞葛香山)は長造の子である。

万延元年死去。64歳


この作品は長造特有の藁灰釉による仁清色が特徴t的に出ておりますが、1客だけさらに長造らしい薄いブルーがかった発色のものがあります。

画像だとちょっとうまく映りにくいかもしれませんが・・・。

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窯内の温度の分布による差でありますが、味わい深いものです。

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共箱です。

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右側は5代香斎の極め紙です。

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以前、香山作で乾山写の舟向付を扱ったことはありますが、長造作で同手のものは今後出ることは無いでしょう。稀少な逸品です。




お問合せ先:fujii-01@xc4.so-net.ne.jp

090-8578-5732


明日から、大阪~名古屋~京都出張ツアーです☆
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伝 加藤民吉 染付宝獅子絵細水指 [商品]

かなりの希少作品のご紹介です。

瀬戸の磁祖と云われる加藤民吉作品です。

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伝 加藤民吉 染付宝獅子絵細水指   江戸時代中期


加藤民吉は明和9年(1772)生、文政7年(1842)没の陶工です。


瀬戸焼の染付磁器を創成した人物として名が知られており、地元瀬戸の救世主として磁祖と呼ばれております。

瀬戸の大松窯の窯元・加藤吉左衛門の二男として生まれた加藤民吉は、「一子相伝制」という窯屋仲間の取り決めのために、家業の窯業を継げずにいました。

そのため、父・吉左衛門と共に、名古屋の熱田において新田開発に従事していた折、瀬戸焼の未来の為に”南京焼”と呼ばれる染付の研究をしていた尾張藩 熱田奉行 津金文左衛門の目に留まり、手伝うことになりました。

そして享和元年(1801)9月、ついに盃、小皿、箸立など小品ではあるものの染付磁器の製造に成功しましたが、素地や釉薬などまだ問題点は多く、当時隆盛を誇っていた肥前のような磁器は焼くことが出来ませんでした。

そこで、密命を帯び・・・享和4年(1804)民吉は、天草東向寺(曹洞宗)の天中和尚を頼って、一人九州へ潜入。

天中和尚は、高浜村という今の天草町の庄屋で高浜焼7代目の上田宣珍(うえだ・よしうず)を民吉に紹介しました。

民吉は宣珍の下で製磁技術を学びますが、門外不出の色絵の配合法までは教えてもらえず、いったん島を去りましたが、諦めずに、再び来島した民吉の熱意に動かされた宣珍は、配合処方を書いて民吉に与えたと伝わっています。

ここからは、後世の創作なども織り交ぜとなりますが・・・地元の女性を妻に娶り、信用を得たことも要因だったとか?

・・・・民吉は、文化4年(1807)瀬戸に技術を持ち帰ることに成功しました。

有田に遅れること約200年。こうして民吉の帰郷によって伝えられた肥前磁器の製造法のおかげで、瀬戸の染付磁器は急速に進歩し、発展していくこととなります。

余談ですが…後に有田に遺した妻子が瀬戸へ民吉を追ってきたが、民吉には地元に妻子が居るのを知り河に身を投げたとか…

現在80回を越える、民吉を讃える「せともの祭」では毎年雨が降るのは、その呪いのせい、とかまことしやかに伝わるそうな。(^-^;


作品に戻りましょう。

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裏側

当時の黎明期の染付が、またいい味わいを出しております。

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口はやや、ハート形に。

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蓋もおしゃれに添えられてます。

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元は花入として産まれたものでしょう。そのデザインは現代にも通じるモダンさがあります。

水指として見立てられ、大事に伝世しております。

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口径9.5~12.5cm 高20cm


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※ご成約済です。

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平澤九朗 土師鰭茶碗 [商品]

寒さが和らぎつつあり・・・ようやく梅の花もちらほらと花を咲かせて参りました。

そんな、時期に丁度いいお茶碗のご紹介です。

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平澤九朗  土師鰭茶碗

江戸時代 後期

安永元年~天保11年(1772~1840)。

尾張藩士で屋敷内に窯を築き本格的に作陶する。

その作品は評価が高く当時より九朗焼として珍重された。

尾張徳川家のお庭焼にも参画した。

文化11年に病のために家督を息子の平澤陶斎に譲る。その後、次男の二代目まで九朗焼は続い
た。

尾張の余技作家の中では最も有名である。


当作品は江戸前期に原叟が所持した瀬戸茶碗の写しであり、梅と鱗の白抜きの文が名前の由来である。

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土師 (はじ)

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鰭 (ひれ)


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初代九朗の手印による「く」印です。

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「ハシノヒレ」 土師鰭

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名古屋の名家旧蔵。共箱作品であるのも稀少です。


なかなか、良いお茶碗でお気に入りです!


お問合せ先

メール fujii-01@xc4.so-net.ne.jp

お電話 090-8578-5732

まで、ご気軽にどうぞ。

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河井寛次郎 辰砂色絵蓋物 河井つね極箱 [商品]

ただ今、丸善書店 日本橋店 3階ギャラリーにて『はんなり骨董楽市』を開催しておりますが、お向かいの高島屋さんでは、『民藝展』を開催中です。

170点もの物量をゆったりしたスペースで解かりやすく地域別に展示されており、柳宗悦の思想から丁寧に民藝のたのしさ、をご紹介している良い展観です。

便乗というわけではないのですが・・・当店も民藝巨匠の佳品を展示即売中です。(^-^)

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河井寛次郎 辰砂色絵蓋物 河井つね極箱


寛次郎の晩年の作品で、珍しい釉調で上品な作品です。

菱形のシャープな感じに柔らかな面の造りで緩急のあるデザイン、そこに凛とした辰砂とアクセントのある色の釉薬の景色で締め上げております。

お値段もお値打ちかと・・・

寛次郎の妻の極め箱になります。

是非、ご高覧くださいませ!

※ご成約済です。

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金重有邦 銀彩汲出 六客 [商品]

備前焼のご紹介、もうひとつ。

なにか、惹かれるものがあり仕入れました。

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なんと、こう見えて備前焼です。

白い釉薬に銀彩を施しております。

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通常の汲出よりやや小さいのですが、形状と重量の感じが絶妙で手に取った時の持ち味の良さが格別です。

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うっすら備前の土が見えるようですが、言われなければわかりませんね。(^^;

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備前焼は基本的にどれも似たような感じになり、逆にその中での違いや良し悪しが面白いという向きもありますが、近年では概ね市場価格が下がっているのは、その違いの分かりにくさや数の多さが原因かと思います。

伝統の血を受け継ぎながらも、新しい感覚を取り入れた有邦さんの佳品です。

有名美術商や、信頼のある百貨店などで紹介され続けられている有邦さんの人気は、そういう面が支持されているのかもしれません。

現在では、お弟子さん方による有邦工房作品も新たに生まれております。


この作品、6客組で未使用品です。

そして、3組ございますので最大18個揃いますよ。( ^^) _旦~~



金重有邦

1950(昭和25)年、備前市伊部生まれ

備前焼茶陶の名匠 金重素山の三男。備前焼中興の祖 金重陶陽は伯父。

1975(昭和50)年、父に師事し陶技を学ぶ。

1980(昭和55)年に独立、初個展を開催する。
花入、水指、茶盌など茶陶を中心に制作。近年は山土を用い、土の持ち味を最大限に引き出すことを心掛ける。

2003(平成15)年には、山土焼成のため新しく窯を築窯。
奇をてらわない、伝統的な作風にその時々の自らの思いを投入する。

二代清風与平 陶製墨画 松葉図鉢 四代極箱 [商品]

清風与平の珍しい二代目の作品のご紹介です。

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初代清風は、京都での染付技術が完成した初期に活躍し名を馳せました。

その技術を引き継ぎ、磁器物を中心に製作しておりましたが、数は少ないですが陶器作品もございます。

その中でも一番有名なのは、虫明焼で幕末期の少庵の年忌に少庵所持の三嶋水指を写した玄々斎書付の作品です。

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↑過去に当店で扱いました、その作品の”写し”です。


今回の作品は、やや五角形の鉢に色を複数使用にた松葉と松の子をあしらい、ちょっと洒落た感じです。

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これからの季節、年始までのお菓子器や懐石の器にいかがでしょうか。


箱は四代の極箱になります。

清風与平(2代) せいふう-よへい
1845-1878 幕末-明治時代の陶工。
弘化2年生まれ。初代清風与平の子。家業をついで各種磁器を制作,染め付けの名手といわれた。あらたに白磁浮文の諸器をつくる。明治6年京都府勧業御用掛(がかり)となる。明治11年死去。34歳。号は五渓。

六代高橋道八 南蛮建水 [商品]

京焼の中でも江戸後期より脈々と続く窯元、道八の作品です。

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六代目の道八(英光)の作品です。


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大正から昭和初期の作品になります。 六代作品はスッキリとした傾向で、真面目な作行きを感じさせるものが多いです。

柄杓を置くと引き締まります。

守屋松亭 筑羽子棗 (再度、画像を替えまして。) [商品]

先月、ご紹介致しました守屋松亭の棗について、数件のお問い合わせが御座いました。

前回の画像が暗くて、またサイズもわかりにくいとのことですので再度撮影し直してみました。

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中棗、のサイズです。 幅と高さは6.8cm (大棗になると7.4位でしょうか)

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明るい意匠は明るく撮影すると綺麗ですね。(反省)


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毬も素晴らしく・・・

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銘。

箱にもこの花押の自筆になります。

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当店在庫の紫野焼黒茶碗と併せてみました。


如何でしたでしょうか?(^-^)




久世久宝 仁清黒八ッ橋茶碗 [商品]

DM掲載商品のご紹介です。

たまには、特にご説明の要らないものもアップしてみましょう。(^^;

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出来、良し!

以上です。(笑)

※ご成約済

十一代樂 慶入 焼〆徳利 [商品]

以前、こちらでご紹介しましたときは、ベースでのスナップだけでしたのできちんと撮影し直してみました。

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片面は窯変で味わい深い顔をしてます。

反対面は箆目がよりくっきり見えます。

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印付き。

樂の徳利は白や赤がよく有りました。しかしどちらも軟質ですので、扱いに気を遣います。

このような焼き締めだと、硬いので安心してお客様にお預け出来ます。


色合いからして、備前写しとして意図してるのかもしれませんね。


 
樂さんのHPより引用して、慶入のご紹介を致します。

一番、内容が熱いです。(^^♪

 丹波の国、現在の京都府亀岡市千歳町国分の酒造家小川直八の子として生まれ、後に旦入の娘、妙

國の婿養子となりました。弘化2年(1845)十一代吉左衞門を襲名。明治4年(1871)剃髪隠居して

慶入と号しました。
 
慶入の時代は徳川幕府封建制から明治近代制への移行の頃、西洋近代文化の移入の時代でもあり、茶

の湯をはじめ伝統文化の廃れた時代でもありました。そのような逆境の中で慶入は75年におよぶ長い

作陶生活を送り、茶碗以外にも茶器類また置物など歴代の中で最も多様な作域を示しています。技巧

にも優れ、教養に裏付けされた瀟洒で詩情豊かな作品を残しています。

※ご成約済です。