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豊平翠香 岩千鳥大棗 鵬雲斎書付 [WEB BASE]

本日ご紹介致しますのは、ちょっと、いい、蒔絵の茶道具です。

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関東蒔絵界では、現代作家の中でも特に実力と人気の豊平翠香作品です。

近年作品は肉厚でやや大味のイメージがありますが、前作は華奢で繊細です。

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こちらは蒔絵の様々な技法を凝らし、趣のある意匠を施してあります。

”芦手”と呼ばれる、古い硯箱で見られます和歌の文字を図柄に隠して配置する技法を、なんと棗に入れ込んでます。

「しほの山差出の磯にすむ千鳥君が御代をば八千代とぞなく」(「古今和歌集」)

山梨の有名な土地であります”差出”は”塩山”と”千鳥”の名所で色んな歌に詠まれてきた場所です。

この作品には、”志本能山散新亭”(しほのやまさしで)の文字を入れてあり、古今和歌集での続きの句であります・・・”磯にすむ千鳥”を、蒔絵による差出の磯と千鳥の図柄で再現しております。

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文字はお探してくださいませ!

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鵬雲斎の中期の書付です。

京蒔絵とはまた表面が異なり、朱漆も艶やかなイメージに見えます。


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こちらは、本歌?であります室町時代作の重要文化財の塩山蒔絵硯箱です。

京都国立博物館所蔵品です。


当商品ですが、書付依頼時に別箱作製されたので、甲に共箱のある翠香の共箱がございません。

ですので、このクォリティですが・・・結構、御値頃かと存じます。

※ご成約済


豊平翠香

1936 年東京都港区芝巴町生まれ。
1955 年故父師事 翠仙。
1958 年白山系 茶人守屋松亭師事 茶道蒔絵を学ぶ。
1966 年日本伝工芸展初入選 
日本伝統工芸新作品展毎回入選 日本伝統工芸新作品展各部門入選。
1966 年二代目 翠香襲名。
1968 年第一回文化漆芸養成を受ける。
1978 年彩の国優秀技能賞受賞。
2001 年他日芸文部大臣賞等多数受賞。
日本文化財漆工協会会員。社団法人 日本工芸会 正会員。
彩の国 埼玉美術展 運営・審査員。鳩ヶ谷美術展 招待・顧問。古代蒔絵修復


三代清水六兵衛 御本立鶴茶碗 [WEB BASE]

名古屋美術倶楽部 正札会 数奇の市初日、無事終了致しました!

明日の2日目は朝日チャリティー茶会が同じ倶楽部内の別フロアで開催されるので、多数のご来場が予測されます。

茶会に参加されない方ももちろん、正札会会場はご来場戴けますので、是非御高覧下さいませ。

明日の2日目は五時に閉場となります。

さて、今日ご紹介致しますのは…

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幕末期の六兵衛作品、三代清水六兵衛 御本立鶴茶碗です。

通常の御本立鶴だと、筒状ですがこの作品はさらに造形的で味わい深いです。

手の収まりもよく、茶味溢れる作品ですね。

三代清水六兵衛

陶芸家。京都生。二代六兵衛の次男。幼名は栗太郎、号は祥雲。画は小田海僊に学ぶ。天保九年、家業を継ぐ。染付・青磁・赤絵等の作品が多く、作風は豪快の中に瓢逸性もある。都おどりの創始者。遷都後の京都復興に協力する。明治16年(1883)歿、64才。

九代白井半七 扇面形香合 [WEB BASE]

明日は朝早くから出発しての名古屋入りです。

一日かけての展示会準備となりますので、今日の内にもうひとつご紹介致しておきます。


九代白井半七 作の香合です。

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紅葉ももうそろそろ最後ですね。

今年は遅めで山の方では満開のところも多いようですが。

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なかなかのボリュームたっぷりのサイズですが、絵付けの書きっぷりも上等です!

今乾山として名高い・・・半七焼の最後の人になってしまった九代の佳作です。


大野鈍阿 鈍阿焼 炉用灰器 [WEB BASE]

今日のご紹介は・・・鈍阿焼の灰器です。

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なかなか見ごたえある灰器ですね。

サイズが・・けっこう大きいです。

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見た目より軽いので重量的には片手で持てないことは無いのですが、ご婦人の場合は両手でお持ちになる方が恰好よろしいかと存じ上げます。

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見どころ、多数ございますので・・・炭点前されずとも、茶会の待合にて炭道具を組んでのお飾りにお楽しみ頂けます。

※ご成約済です。


大野 鈍阿(おおの どんな)

1885年(明治18年)- 1951年(昭和26年) 岐阜県出身の陶芸家。

•1885年(明治18年)、美濃焼の産地、岐阜県の土岐郡(現、土岐市)に生まれる。子どもの頃からやきもの作りの見習いをし、20歳頃までには轆轤を挽き、窯を焚く職人となる。

•1909年(明治42年)、上京して品川の大横町に移り住み、水焜炉(みずこんろ)、行平(ゆきひら)などの雑器を造る。

•1913年(大正2年)、大横町から数百メートル離れた御殿山に邸宅を構えていた益田鈍翁(益田孝)により、その働きぶりを見出され、益田家のお抱え職人として迎え入れられる。邸宅内に住居を与えられて、陶磁器窯(鈍阿焼)を築窯する。稀代の茶人として名高い益田の所有する楽焼の茶碗や鉢などのコレクションを預けられ、その指導のもと写しをつくるように命じられる。なかでも益田が号した「鈍翁」の由来となった、表千家6世家元、原叟宗左 覚々斎(かくかくさい)による茶碗「鈍太郎」の写しを繰り返し造った。「鈍阿」はこのころ益田鈍翁から号の一字「鈍」をとって、名付けられたものである。

•1914年(大正3年)鈍翁により、鈍阿焼の器だけを用いた茶会が催される。この時供された茶碗は絶賛を受け、五千円(現在の価値で5,000万円程度)で譲って欲しいという客まで現れた。

•1917年(大正6年)、鈍翁が実質的に小田原に居を移したのをきっかけに、益田邸を去り、上目黒の根津嘉一郎所有の土地に本焼の本窯を築き、自主的に陶技を磨き始める。一方で、その後も鈍翁との関係は切れることはなく、鈍翁は上目黒の鈍阿の元にやってきては、上出来の作を持っていったという。

•1929年(昭和5年)、鈍翁に命名を仰いで茶席「鈍庵」をつくる。

•1934年(昭和9年)、等々力に移窯。



神戸雪汀 形物香合茶箱 [WEB BASE]

さて、本日よりベースを開けられない代わりに毎日、新入荷商品情報をお届けしたく思います。

そのスタートを切る珍品ですが・・・。

お譲り頂きました、ご親交頂いております方の熱い文章がありましたので、そっくりそのまま引用させて頂いてしまいます。

普段のJFKとはテイストが異なりますが、どうぞご覧下さいませ。 (^^;


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大正のころッ 大坂吹田の旧家ッ西尾家の執事さんでありながらッ

パピパピの蒔絵師であったッちゅぅ~ッ

正に前代未聞ッチョォ~異色職人さんの手掛けられた作品さんなんでございますぅ~ッ!!


ではではなにはともあれッ

今宵のそのぴったしやぁ~さんッ

お出ましあれぇ~~~いッ!!!


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おおおぉ~~ッとッ!!

確かにこりゃぁ~~ッ 初秋清々しき季節にぴったしやぁ~のッ  

(※文章製作は9月だったようです。)

茶箱はんでッかぁ~~~ッ!!


でッ ふむふむッ ・・・

その図柄さんはッ いわゆる形物香合さんを散りばめましたるッ

実に上品なデザインさんでございますなぁ~~~ッ!!


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しかもッ

その絵付けのお仕事の丁寧なことッ

なるほどこいつぁ~只者さんじゃぁ~ござんせんでござんすなッ!


でよっしゃッ!

ここらへんでッ 今宵のこの茶箱さんをば手掛けられた御仁をッ

パピッとご紹介いたしますでございますッ!!


でしてッ その御仁とはッ!!

先程も申し上げました通りッ

大坂吹田の旧家ッ 西尾家の執事さんでありながらッ

パピパピの蒔絵師であったッ チョォ~異色の職人ッ

神戸雪汀さんでぇ~~ごッざいまわぁ~~~すッ!!


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ででッ その雪汀さんッ

生没年等の基本的詳細は定かではございませんがッ

西尾家ッちゅぅ~うッ 昔から仙洞御料の庄屋を務めておられた旧家にッ

当時の茶道薮内御宗家からのご推奨をいただきッ

執事として活躍されたッちゅぅ~ぐらいッ

なかなか凄いお方なんでございますッ!!

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でッ そんな大変なお役を務めながらもこつこつと作り上げたその作品はッ

決して多いものではなかったのではないかとは存じますですがッ

今回ッご縁を戴いたその内のひとつがッ

んでしかもッ 如何にもちゃまにぴったしの茶箱さんだったッちゅぅ~ことはッ

こりゃこりゃむっちゃ夢見るが如しご縁でございましたッ!


まぁ~もぉ~そんなわけでございましてッ

とにもかくにもッ

こぉ~なったらいっちょッ 

パピッと立派な茶箱さん一式に仕上げにゃなるまいでございましょぉ~かねッ!!


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ただんん~~~ッ ・・・・・

こいつぁちぃ~と手こずりそぉ~なかんじでございますぞぉ~~ッ!!

(TEXT 海老屋[コピーライト] 氏  PHOTO 藤井香雲堂)


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神戸雪汀(かんべせってい と読みます)作品は、昭和中期位までは見かけることがありましたが、近年すっかり激減してしまいました。

金沢の流れを汲みつつも、京都とは違う・・・浪速 漆・蒔絵とでもいいましょうか。

この作品は1920年の春に制作されたようです。

形物香合の絵を散りばめる・・・という発想は普通なら違和感を覚える方もいらしゃるでしょうが、私には、ちょっと親近感があるのです。


明治26年のシカゴ万博に出品された、香山の超絶技巧作品のおなはしになります。

「二四種の東洋陶磁を、ひとつに焼き込んだ高さ二尺、一対の花瓶。

高麗焼もあれば丹波も備前も瀬戸もあるという、陶芸技法見本市みたいな作品で、香山と長男半之助の合作。

名誉大金牌を受賞した。

当時の万国博の出品物は即売され、この花瓶は稀世の名作として奪い合いになった。」


全ての陶磁器の温度なども異なるため、それは製作には大変な技術が要されたようで・・・

その作品、奪い合いの決着をつける為、現地へ赴いていた二代香山により、万博開館前に叩き壊されてしまいます。

それにより、武士道精神と評され新聞で絶賛され、万博出品作はほぼ完売となったそうです。


そういう作品の存在が、今回の茶箱に惹かれてしまう要因になっておりますです。(^^;

話は長くなりました。


上記の熱い説明文で、最後に語っておられる ”手こずりそう” というのは、写真をご覧頂いてみればお分かりのように、茶筅を固定する穴が無いのです。内蓋に。

でも、小さい茶筅をあつらえるより、まぁ・・・横に寝かせて収納、というので宜しいのではないでしょうか?

本日は、お楽しみ道具をご紹介致しました。

明日は・・・・この流れのお道具を、もう一点ご紹介致します。



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