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2016年5月30日の新入荷情報です。 [新入荷]

さて。

一息つく間も無く・・・明日からは6月の日本橋ベースです。( `ー´)ノ


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午前中は、おそらく展示準備でワタワタしておりますが、明日からのベース・・・

催事と違う、まったり・ゆったり・・・とお楽しみ下さいませ。



では、ちょっとだけ新入荷情報です。



堀内宗完 茶杓 ほのぼの ※ご成約済

呉藤泰山 魯山人好日月椀 【5客】※ご成約済

白井半七 模乾山雪松茶碗 鵬雲斎書付 ※売却済み

吉田勝一 紫檀短冊掛 ※ご成約済

三代清水六兵衛 瀬戸黒 亀茶碗 ※ご成約済

第25回 十翔会 無事終了致しました ! [催事]

昨日まで3日間開催しておりました、十翔会は多数のご来場とご成約を頂き、盛況の内に終了致しました!

今回は、初めてご来場の方やご遠方からのご来場も多く、会場が大幅に広くなった今回でしたが丁度良かったくらいでした。

会期中は、心身共いっぱいいっぱいでしたもので・・・ご紹介出来ませんでした。(-_-)


当店展示エリアの様子です。。。

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サイドから。

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表流、とその他・・・

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裏側は、裏流です。。



今回は会場全体では、2000点を超える点数で、我々出展業者すら全部を把握することが困難でした。(^^;

次回も同じ会場にて、11月に開催致しますのでどうぞ、よろしくお願い申し上げます。



大阪市立東洋陶磁美術館 初代没後100年 宮川香山 [眞葛香山]

えー、ひと月遅れで行って参りました、東洋陶磁美術館で開催中の”初代没後100年 宮川香山”展。

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北浜駅より、川沿い、中之島を臨んでつらつらと歩くと見えてきます。

薔薇、も綺麗に咲いてました。


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3月にもご紹介致しましたように、東京のサントリー美術館で開催しておりました展観の巡回です。


内容は、まぁ・・・ほぼ同じで、重要文化財が2点増えてはおりますが、これらは岡山県立美術館での香山展でもお目見えしておりましたもので。(^^;


今年は、贅沢です。あちらこちらで香山だらけです。


今回の興味は同じ展観を場所変えて見るという希少な機会で、どう感じるか、とうことです。

サントリー美術館と、ハコが違えば見え方も変わるもので。

最新型のお洒落な展示スペースで一堂に並んでいたサントリーに比べて、東洋陶磁は元々が丁寧に作品を魅せる造りです。

ですので、今回の田邊コレクションのように初期~中期の高浮彫のボリュームが多い場合は、部屋の種

類などで区切りがあちこちにあると・・・非常に、節度感が、キッチリ効いて観やすいです。


これは終盤の、釉下彩コーナーにも作用しておりまして、サントリーよりもとても良い印象の展観でした。

欲を言えば・・・今回の展開により、眞葛香山の知名度が上がり、次のステップとして・・・香山全体

にさらに踏み込んだ展観が開催され理解が深まることを願ってやみません。


2016年7月31日まで開催中です☆







2016年5月19日~21日の新入荷情報です。 [新入荷]

遠州好七宝紋茶器 豊公伝来朱 小堀宗明書付 ※ご成約済

川北良造 夕顔茶器 久田尋牛斎書付  ※ご成約済
 
十二代正志 美濃久尻窯 黒織部茶碗  井口海仙書付 ※売却済み

初代宮永東山 青磁末広水指 ※ご成約済

永楽即全 交趾荒磯 蓋向付 【10客】※ご成約済

四代清水六兵衛 色絵菊 菓子鉢 七代極箱 ※ご成約済

金田新平 堺更紗絵 菓子鉢 ※売却済み

楽 慶入 安南写 酒盃 ※ご成約済

大原貫学 仙媒  ※売却済み

島野三秋 宝珠 香合 ※ご成約済

五代清水六兵衛 御本数印 茶碗 ※ご成約済


今回は少なめの入荷ですが、どれひとつ・・・これまで取り扱ったことの無い作品ばかりです。(^^;


第25回 十翔会 のお知らせです。 [催事]

恒例の催しのお知らせです。

大阪美術倶楽部にて、当初・・・若手美術商10名でスタートした、茶道具・美術品展示即売会”十翔会”も、あっという間に14年目に突入しました!

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各美術倶楽部で長年続いております、”正札会”形式をアレンジして導入し、当初関西唯一でございました。

現在は各地より、大阪美術商協同組合員の12名により開催しております。

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1000点以上もの商品を、大阪美術倶楽部 新館2階をぶち抜きで使用しご覧頂けます。

(パンフレットは印刷校正ミスです。本館ではなく、新館です。)


どなたでも入場無料でご気軽にご覧頂けます。

ご来場時に、受付にて、”藤井香雲堂”をお申し付け下さいませ。

もし、気になる商品などのご説明や、お買い求めの際には、私がきちんとお世話させて頂きます。

どうぞ、よろしくお願い申し上げます。











淡々斎 茶杓 ”菊の露” 黒田正玄下削 [新入荷]

当店では珍しい、千家家元の茶杓の入荷です。

淡々斎 茶杓 ”菊の露” 黒田正玄下削


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淡々斎の,特に晩年の筆は結構好きでありまして、器物での箱書でも淡々斎の晩年だと、つい目が行ってしまいます。

今回の茶杓は、造形物好きの私でございますので、単なる茶杓ではございません。(^^;

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この櫂先の、すばらしいこと。(^.^)

そして、銘も・・・また、ひと遊び・ふた遊び。


”菊の露”というのは、飲むと不老長寿になる、と古来より言われ、おめでたい意もございます。


有名な歌を引いて参りましょう。

「我宿の 菊の白露今日ごとに 幾代つもりて淵となるらん」

こちらは、”拾遺集”です。


その由来元は、中国は河南省南陽県の菊水の伝説からで、その内容は”太平記”や能の”菊慈童”にも出て

きますので、お馴染みの方もいらっしゃることと存じます。


さらに、もうひとつ。九月九日の重陽の節句にも”菊の露”が出てきます。


「露ながら 折りて挿さん菊の花 老ひせぬ秋の久しかりける」


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黒田正玄下削 状態、良しです。


杓の持ち手のあたりに、二カ所・・・ひた、ひた、とした景色があります。


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菊の花に溜まった水の雫が・・・・滴って、参りました。




そして、さらに重ねて参りましょう。


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風露新香隠逸花 (風露新たに香る隠逸の花) 蒲庵稿



菊の花が露を宿し、風を受けてその香りをはなちだした 


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茶道の大成者、千宗易(利休)へ参禅の師である大徳寺の古溪和尚が祝意を込めて贈った偈頌の一節。

正親町(おおぎまち)天皇より関白職に任ぜられた秀吉は報謝の為に宮中、小御所で黄金の茶会を

開いたが、後見役の宗易はまだ一介の町民であり、宮中に上がることが出来なかった。

そこで、秀吉は大徳寺の大休和尚からの 利休居士の名を以って新たに天皇へ奏請して、千宗易に”利休

居士”の号の勅賜を受けさせることとなりました。このことを喜んだ師の古溪和尚は賀頌を詠みました。


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 庚老(ほうろう)は神通の作家(さっけ)

 飢え来れば飯を喫し、茶に遇うては茶

 心空及第して等閑に看る

 風露新たに香る隠逸の花


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庚老は庚居士として神通力さえもつ唐時代の名だたる禅者である。

(利休居士も)喫茶喫飯の中に自由無碍なる神通力が現れていて、仏法優れた境地を得ている。

庚居士は大悟して、「心空及第して帰る」と述べているが利休居士も庚居士と同等に悟りの境涯に及第している。

私は本当に心から喜びに堪えない。今ふと庭を眺めていてたら、菊の花が露を帯びて咲き気高い香りを放っているよ。

隠逸の花とは闇夜その所在がわからなくても、その清香によって存在が知れることから、菊の花の別名とされる。

これを古溪和尚は利休にたとえた。  



そう、”菊の露”とは千利休のことも、現しているのです。



 Re: 井田宣秋 波蒔絵平棗 [新入荷]

我々の業界では、交換会という名のオークションがございます。

これは日本独自のクローズドマーケットによるシステムで、美術・道具業界の相場維持と、作品の循環に機能しております。

当店も、展示会等でお客様にお納めした物以外を、在庫入れ替えの為にこのようなオークションで売却することもあります。

そんな中、稀に・・再び御縁があることもあるもので。(^^;

今回ご紹介致しますのは、半年ぶりにご対面する作品です。


1年前にも当ブログでご紹介致しておりますが、さらに気持ちを込めて撮影し直しました☆

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波の動きを鮮やかに、そして端正に蒔絵で描いております。

地の漆はしっとりと落ち着いた色、波は色調を落とした銀。



※新しく判明した宣秋の資料を追記致します。


井田宣秋は、1892年に高松で生まれました。

京都に出て、迎田秋悦に師事。その後一時東京に移り、絵画を学ぶが、3年後に京都に戻り、大正9年に独立しました。

その間に

明治45年に漆工青年協議会で二等受賞。

大正14年より商工展に出品し、昭和2年三等受賞。宮内省お買い上げとなりました。

昭和3年、迎田秋悦と工芸春草社を設立。

その後、聖徳太子奉賛展、京都美工院展、帝展、文展等に出品、昭和12年のパリ万国博覧会では銀賞を受賞した。

時習園、昭和工芸協会、近畿漆芸協会、蒼潤社などに参加、生涯俳句を嗜んだ。


戦前までの近代京漆器界は実力者揃いで、有名・無名の作家が切磋琢磨し、様々な優品を世に遺しました。

宣秋も大人しめながら、上品なセンスある作品を製作しております。


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茶道具も比較的有りますが、千家の書付物は希少ですね。


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大正時代、宣秋が32歳の頃の文献にて、以下のような表現がありました。

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常に新機軸に頭脳を傾けてゐる。

古い繊細な蒔絵を自由に成す腕を持ちながら、時代の思潮を考へ、民衆藝術に叶ふべく新しい方面に躍如としてゐる。

後継京都蒔絵界の中堅人物となるべき特質を持ってゐる様だ。


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漆の王国、高松に生まれ、東京での絵画経験も経て、塗りの中枢京都で活躍した、宣秋独自の美が確かに存在致します。


七代白井半七 都鳥香合 惺斎書付 [新入荷]

ブログ、というものにはアクセス解析という機能がございます。

何人ご覧になったとか、何時頃に分布してるとか、検索はどのようにされたとかなどなど。。。

その中で、一番人気の記事はどれか、というのも出ます。

当ブログに於きまして・・・不動の一番人気は何かと申しますと・・・。

”白井半七”

なんでやねん!と突っ込みたくなります。(^^;

これだけ大概マニアックなこと書いておりまして、半七が一番ヒットするというのも。。。


いえ、嫌いでは無いのですが。


ということで、今回は半七作品ご紹介致します。


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先日のブログでご紹介致しましたような、かわいいアヒル・・いえ、もとい、都鳥です。


七代白井半七の頃は隅田川焼です。


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七代白井半七

安政4年(1857)~昭和8年(1933)
隅田川焼、または今戸焼と称される焼物師。
素焼きを元にしたものや雲華焼の味わい深い作品を作成する。
大正12年の関東大震災後、東京より兵庫県伊丹に窯を移した。以後半七焼は九代まで続き途絶える。


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”隅田川”の印と”半七”の印が押されております。

都鳥といえば、7代半七の超代表作です。


”都鳥” は、在原業平の伊勢物語 東下りのところで詠まれております。


現代語訳を引用してみましょう。

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さらにどんどん行って、武蔵の国と下総の国との間に

とても大きな川がある。それを隅田川という。

その川のそばに集まって座って

思いをはせると、限りなく遠くにまでも来てしまったことよ

と嘆きあっていると

船頭が「早く舟に乗れ、日も暮れてしまう」と言うので、

乗って渡ろうとすると、人々は皆わびしくて、

都に想う人がいないわけではない。

ちょうどその時、白い鳥で、嘴(くちばし)と足とが赤い、鴫(しぎ)の大きさであるのが

水の上に遊びながら魚を食べる。



都には見えない鳥なので、人々は皆、知らなかった。

船頭に尋ねると、「これはなぁ都鳥」というのを聞いて、

名にし負はばいざ言問はむ都鳥 わが思う人はありやなしやと

〔(都ということばを)名に負っているのならば、さあ尋ねよう、都鳥よ。

私の想う人は生きているのかいないのかと〕

と詠んだので、舟の中の人は揃って泣いてしまった。


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都鳥の季語は冬になります。

また、能での隅田川は旧暦3月15日頃(新暦4月)となりますので、年に何度か出番がありますね!

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表千家十二代 惺斎の書付です。



高松 理平焼 手桶水指 [新入荷]

尼崎の和田桐山に続いて・・・・次は淡路島を渡って四国のやきもののご紹介です。('_')


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元が粟田口のルーツを含んでることから、仁清の要素も垣間見えます。

理平焼の歴史をご紹介致しましょう。

江戸前期頃、高松藩初代藩主・松平重が京都粟田口で陶工をしていた森島作兵衛重利を高松に招いて焼かせた御庭焼が理平焼です。

作兵衛の父は、豊臣秀頼に仕える武士であったが後に、故郷である信楽にてやきものを制作するようになり、その子である作兵衛は京都三條粟田口に出て陶工となりました。

正保4年(1647)、作兵衛は頼重から10人扶持と切米15石を与えられ、名を「紀太理兵衛」と改め、高松藩別邸栗林荘(現在の栗林公園)の北に屋敷を賜り、築窯。

この御庭焼は“理兵衛焼”、“高松焼”または“御林焼”と呼ばれ、京焼をルーツに持ち、それにも劣らない作品を数多く生み出します。

初代理兵衛の作風は、仁清風といわれ、「古理兵衛」あるいは「高松仁清」と呼ばれました。

おそらくは、来讃時に色絵陶器を作るのが目的であったのではないでしょうか。

明治初期に書かれた田内梅軒の「陶器考」に、”高松焼 利兵衛と云もの仁清に陶法を習ふ、是を利兵衛焼と云、作ぶり仁清に似て厚し、安南を写たる茶碗、朝鮮を写たる茶碗など有、土白、薄赤、黄、浅黄。薬白、浅黄”とあり、仁清風であることは必然であったことが裏付けられます。

以後、紀太家の子孫が代々「理兵衛」を襲名し、三代理兵衛以降は、「破風高」と呼ばれる「高」の印を押すようになりますが、一説によると高松藩の高の字を拝領されたともいわれています。

九代目の頃には、明治維新により廃藩置県で世の中は大混乱となります。陶芸界も多分に漏れず転換期を迎えます。

理平焼も一時中断を余儀なくされます。

十一代目は京都の高橋道八に師事し、名も「紀太理平」と改め、明治33年に現在の栗林公園北門前に「理平焼」として再興、現在は十四代まで続いております。

余談ですが、そのお隣の・・・丸亀の藩主であった京極家が江戸時代に野々村仁清のコレクションを成しました。
それはおそらく日本一のレベルと言われ、国宝や重文の茶壷や水指もこの京極家の所有でした。
初代藩主の頃に、仁清が丸亀に訪れていたという説もあるようです。

仁清とのつながりは、おそらくは地域的な作風の流行も関係してるのかもしれませんね。


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さて、本題に戻りましょう。

この作品は”高”と”理平”印を併せて押されており、11代頃の作品であると推測されます。

本体の桶の形状もシュッとしており、釉薬も上質に上がっております。

そういう感じはまさに仁清風ともいえます。




和田桐山 色絵丸紋様茶碗 鵬雲斎書付 [新入荷]

琴浦窯、和田桐山の上作が入りました。

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仁清黒に花丸の紋様で色々な季節が描かれております。

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内側にも☆

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高台側より。

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鵬雲斎の書付もあります。

個展作かと思われる佳品ですが・・・値打ちです。


桐山さんのHPより、琴浦窯の歴史をご紹介致します。

明治34年、尼崎藩主に外科医として仕えた和田信景の孫である和田九十郎正隆が数寄者窯として西宮大社村に開窯しました。

兵庫県庁勤務時代に淡路島に陶器学校を建設しようとしたほどの陶芸好きで、県庁を辞めて陶芸一筋の道を歩みました。

明治43年、その二男である正兄(マサエ)が尼崎市東桜木町に移窯しました。兵庫県武庫群精道村に御庭焼の築窯にも正兄が関わり、これが打出焼の発祥となりました。

その昔、藤原道真が船から見えるこの美しさに感動して立ち寄り、{ここは殊のほかのよき浦なり}{松は琴柱の並びたるが如し}と賛美したのが琴の浦の地名の由来です。

天正10年、本能寺の変を聞き、毛利攻めから駆けつけた羽柴秀吉{後の豊臣秀吉}が明智光秀の伏兵を逃れるために身を隠したと言い伝えが残る広徳寺が近くにあります。九十朗正隆が、豊臣家の家紋である桐にちなみ陶号を桐山、琴の浦の地名から窯名を琴浦窯と称しました。

大正12年に五室の連房式登り窯を築窯し、それより白磁、青磁、染付、金襴手、京焼系統としての色絵物、等多種多様な技法で煎茶器、食器、花器、茶道具を焼成してまいりました。

また、昭和22年、天皇陛下兵庫県行幸の際にはご宿泊所に作品十五点を陳列天覧に供し、兵庫県文化賞を受賞いたしました。

煎茶器には翁草園の印を使用しておりますが、翁草園は正式には{きくその}と読み、和田家が尼崎藩の典医時代から代々用いている園号で、楠木家{正成公}、和田一族で菊水の家紋に因んでいるものです。以後変遷を重ね現在に至っております。

現在は4代目が活躍しており、また次代のご子息さんも作陶されております。


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