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御深井焼 花唐草文 平向付 五客 [WEB BASE(商品紹介)]

先日の名美アートフェアの際に、ブースを無人君にして(汗)・・・特別講演会に参加しました。

↓こんなのです。

特別講演
「尾張徳川家のお庭焼の謎と新知見」
  ―御深井焼・萩山焼・東山焼―

講 師  小池 富雄 氏
       鶴見大学文学部文化財学科教授

日 時  6月25日(日)
      午後1時~午後2時30分

場 所  名古屋美術倶楽部 4階ホール



・・・・なかなかに、マニアックな題材ですので、個人的には大歓迎なのですがお客様がついてこれるのか?と心配するも杞憂で。110名程のご参加を頂いておりました。

自称 尾張陶磁器伝道師 関西支部の私としましても興味津々で、師匠の計らいにより参加することが出来ました。

小池先生の語りも熱く、面白い講演会でした。

その中で新説、御深井焼は深井丸で窯があったのではなく、その外側にあったのであろうということなどもお話されておりました。

そんな御深井焼。

当店では幕末期の徳川斉荘公時代の御深井焼は何度も取り扱いしてまいりましたが、それ以前の御深井焼はなかなか気に入るものが無くて・・・今回が初めてです。

DSC07810.JPG

御深井焼 花唐草文 平向付 五客

絵付けも品よく、形状もなかなかの出来栄えです。

DSC07812.JPG

ビイドロ的な感じも薄く全体的にかかっております。

DSC07813.JPG

御深井焼
おふけやき

尾張(おわり)徳川家の御庭焼で、名古屋城内の御深井丸に窯が築かれたところからこの名がある。開窯については初代藩主徳川義直(よしなお)のころの寛永(かんえい)年間(1624~44)とする説、2代藩主光友の時代(1650~1700)とする説がある。美濃(みの)窯、瀬戸窯で江戸時代初頭から使い始めた灰釉(かいゆう)系の透明度の高い、いわゆる御深井釉を使って茶具、仏具や飲食器を焼いた。なお明(みん)の帰化人で義直に仕えた陳元贇(ちんげんぴん)もこの窯に参与したといわれ、ベトナムの染付写しが流行したのも特色の一つである。御深井窯は殿様窯ともよばれて格の高さを誇り、材料や陶工にも吟味を尽くして存続したが、1870年(明治3)に廃された。

DSC07811.JPG


この作品は斉荘時代より以前の御深井焼になります。

それぞれに微小の補修がございますが、その分気持ちよくお使いになれる状態です。


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